キャロウェイ・スタッフプレーヤーが語る 思い出の“マイベストクラブ”重永亜斗夢

今回は重永亜斗夢プロが、2つの思い出のクラブについて語ってくれました。重永プロは、ドライバーに「飛距離性能」をまず求めるそうですが、人生で最初に使ったキャロウェイのクラブも、やはり、「飛んだ」という記憶が強く残っているとのこと。もう1本は、オデッセイのパターです。エースとして長年、重永プロを支えてきたモデルですが、最初は、「全然入らなかった(笑)」とのことですから、驚きです。

キャロウェイのクラブを初めて使ったのが、中学1年のときでした。E・R・C ドライバー(2000年)です。僕はもともと体が小さくて、非力で、飛距離が出る方ではありませんでした。なので、なんとかして飛ばしたいと思っていたんです。そんなときに、たまたま知り合いの方が持っていたのが、E・R・Cドライバーでした。それを、「めちゃくちゃ飛ぶから」と言って、譲ってくれたんです。

「170~180ヤードだったのが200ヤードですから、衝撃的でした」

実際に打ってみると、たしかに、とにかく飛びました。自分の飛ばない飛距離のなかでも、本当にめちゃくちゃ飛んでいましたね。10ヤード以上は、飛距離が変わりましたから。当時、それまで170ヤードとか180ヤードくらいしか飛んでいなかったのが、200ヤードに届くか届かないかというところまで行っていましたから。その飛びは、いまだにはっきりと覚えています。「こんなクラブがあるんだ!」と、すごく衝撃を受けました。ヘッドの形がコンパクトで丸く、シャフトがヘッドにポコンと刺してある感じで、それも自分のイメージに合っていたんですよね。打感もすごかったです。僕のなかで残っているイメージは、カキーン! です。「こんな音が出るの?」というような。

でも、その後に出たE・R・C Ⅱ ドライバーは使わなかったんですよ。ジュニアのときで、ゴルフをするにはお金もかかりますし、クラブをすぐに変えたりなんてことは簡単にできませんでしたから。E・R・Cドライバーのほうは、その知り合いの方が1~2万円と、安い値段で譲ってくれたんですよね。2年くらいは使ったと思います。

もう一つ、思い出に残っているクラブといえば、長くエースパターとして使ってきている、オデッセイのブラック・シリーズ インサート #1(プロトタイプ)ですね。オデッセイのパター自体は、中学2年生くらいのころから使っていて、最初はホワイト・ホットの#5でした。ブラック・シリーズは、19歳でプロになったときに、初めて僕だけの1本としてつくってもらったパターです。2008年、「マンシングウェアKSBカップ」に推薦で出させてもらったのですが、そのときに出場した10人ほどの10代の選手のなかで、予選を通過したのが僕を含めて2人だけ。最終成績も、僕がいちばん良かった(49位タイ)ということで、ご褒美のような感じでつくってもらったんですよ。めちゃくちゃ、うれしかったですし、すごく覚えています。

でも最初は、全然入らなかったんですよ(笑)。難しくて、入るイメージもありませんでした。距離感も出ないし、方向も合わないし、芯にも当たらないし、「なんなんだ? このパター」と。ただ、やっぱり自分のためのプロトタイプということで、市販されているものとは少し違いますし、他の人が持っていないパターですから、どうにか慣れたかったんですよね。それで使っているうちに、半年から1年くらいで慣れていって、すっかりエースパターになりました。慣れたら、ボコボコ入る感じでした。最初は、そんなふうになるなんて、正直、全然思っていなかったんですけどね。

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