「下にいるということは、上に上がれるということ」 藤田光里

CALLAWAY STAFF PLAYER HIKARI FUJITA 
スタッフプレーヤーインタビュー 藤田光里

「下にいるということは、上に上がれるということ」

「ゴルフをやめるかも」とまで考えながら戦いはじめた2017年。ケガの影響で、守ってきたシード権も失った。しかし、藤田光里はいま、プレーをすること、そして2018年シーズンに向けて、とても前向きだ。

よく使われる例え話に、「半分の水が入ったコップ」というのがある。“もう”半分しかないと捉えるのか、それとも“まだ”半分あると捉えるのか。同じ物事であっても、見方によっては、ポジティブなものにもネガティブなものにもなる──。
 一昨年の2016年シーズン終盤、藤田光里に大きな出来事が重なった。
まずは、左手のケガ。クラブを握ることもできないほどの痛みを抱えながら、なんとかシーズンを乗り切ったが、このケガが翌年の2017年シーズンに大きな影を落とした。
「シーズンオフの間に治すことができずにツアーが開幕して、結局1年間、だらだらと痛いまま、すごくつらかったですね」
 34戦で予選落ちは15回も数え、3回の棄権も余儀なくされた。最高成績24位タイ。賞金ランキング88位。2014年シーズンに38位に食い込んで以来、守ってきた賞金シードを手離した。さらにファイナルQTにも挑んだが、結果は66位。2018年の1回目のリランキングが実施されるアースモンダミンカップまでの出場権も手に入れられなかった。
 こう見てくると、結果が出なかったから、つらかったのだろうと思いがちだが、彼女はそうではないと言う。
「試合をやっていて、苦しいとか、つらいとかいった思いはなかったですね。シーズン前半は本当にショットが打てなくなってしまって、フェアウェイを歩けないくらい、林のなかにばかりいたんですが、それでも1球1球、集中してやっていました。捨てた試合もなかったですし、あきらめた試合もなかったと思います」
 ケガは、成績とは違うところに影響を及ぼした。
「練習ができないことで、技術的なことももちろんありますが、『練習ができないんだ』と自分で思ってしまっている気持ちの面、その時点でみんなに負けていると思う気持ちの面で、けっこうつらかったですね。成績が出ないことは、もう、しようがない、やっていないんだから、しようがないんです。それよりも、練習をできないこと自体が、すごく悔しかった。練習をできないことで、技術にも気持ちにも、どちらにも来るんです」


 ふたたび2016年終わりに話は遡るが、藤田光里を、ケガに加えて不幸が襲った。彼女にゴルフを厳しく指導してきた父、孝幸さんの急逝。昨年掲載した2017年に向けてのインタビューは、それから間もないころに行ったのだが、そこには思いのほか明るい藤田光里の表情があった。しかし今回聞いてみると、それはやはり気丈な振る舞いだった。
「2016年は、父にほとんど会っていなかったので、パッといなくなりましたと言われても、信じていなかったところもありましたし、周りのみなさんから心配されるのも嫌でした。仕事をしていたほうが、自分もつらくないですし」
 彼女は、そのインタビューにおいて、「毎週、テレビ中継に映ることが目標」と、2017年への意気込みをしっかりと語ってくれていた。ただ、心の内はかなり違っていた。
「父が亡くなって、なんだか一つの区切りがついたという感じでした。ずっと一緒にゴルフをやってきたので、ちょうど去年のいまごろは、ゴルフを続けるのか、やめるのか、すごく考えていた時期でした。『来年のいまごろは、もしかしたら、もうゴルフをやっていないかな』とか、『来年のいまごろ、何をやっているんだろうな』とか。なんのためにゴルフをやっているのかが、わからなくなったんですよね。いままで父と一緒にやってきて、成績を出していたものが、1人になって、なんのためにゴルフをやるんだろうと考えたときに、すぐに答えが出てこなかった。12月、1月と、2カ月くらい考えましたね」

2017年は、ゴルフが好きになった1年だった

 しかし、ご承知のように彼女はゴルフを続け、2017年シーズンを戦い抜いた。それは逆に、「ケガがあったから」だ。
「夏過ぎまで、ゴルフをやりたいとはあまり考えられていなくて、そのうえにやりたくてもできない状況となったわけですが、これまでは、そうなったときに、そこでやめたり、あきらめたりするのかなと思っていました。でも、もう少しやってみたいと思えたんです。ケガをしていたからこそ、だったかもしれないですね。ケガがなくて、前半戦で同じように成績が出ていなかったら、もういいかなと思ったかもしれないですが、やりたいのにやれないのが悔しいなと思いはじめた。いままでは、やらなきゃいけないとか、やらされている感というのもあったんですが、2017年はどちらかというと、自分でやりたいのにできないという気持ちに変わり、ゴルフに向き合う時間が増えて、ゴルフが好きになった1年だったなと思います」

 シード権を失った2018年は、推薦出場やステップアップツアーと、戦う場が限られてくる。だが、いまはそれもプラス材料に見えている。
「これまではシードがあったので、もし自分が嫌と思っても、次の週にはまた必ず試合が来るという感じでした。でも2018年は、自分で試合に出るために推薦をいただきにいったり、ステップアップツアーに行ったりというのがあるので、いままでとは違った1年間になりそうですし、ケガを治すという面でも、いい時間なのかなと思います。いまの気持ちでは、もう手術をしたほうがいいと思っています。もちろん、リランキングで後半の試合に出られるようにして、そこでシードを取ることが、いちばんの目標ですし、優勝してシード権というのも思っていますが、いまの自分の体と出られる試合の数からすると、2018年は一歩でも前進できたらいいかなと思っています。たとえばケガを治してクリアして、次にちゃんと練習できるように、というふうに、一つひとつやっていけたらいいなと」

 実際、彼女はこのインタビューのあとに手術を決断し、1月17日、左ヒジの内側にメスを入れた。1月30日には、病院でのチェックの結果、早くもボールを打つ許可が下りた。ギプスを外し、手術の痕の痛みも指の痺れもなく、現在では、すでにボールも打ちはじめている。藤田光里は言葉どおりに、もう、一歩も二歩も前に進みはじめているのだ。彼女はインタビューの最後に、こうも語っていた。
「2018年は、フルシーズンの5年目となりますが、これまでは、初めてシードを取ったり、初優勝したり、ケガで苦しんだりと、1年1年に物語がありすぎるくらいでした。その意味で、いろいろな1年の積み重なった5年間になるんだろうなと思っているので、それはそれですごく楽しみでもあり、前向きな2018年ですね。上がって下がって、いまは、かなり下にいますが、下にいるということは上に上がれるということでもありますから」
 ケガのこともそうだし、最後の言葉からもわかるが、彼女は、水が“まだ”半分あると、自然に考えられるタイプなのだろう。2018年の藤田光里に、心配はいらない。

藤田光里
出身地:北海道札幌市
生年月日:1994年9月26日

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