「嫁さんと子どものおかげで、精神的に強くなれた」重永亜斗夢

CALLAWAY STAFF PLAYER ATOMU SHIGENAGA
スタッフプレーヤーインタビュー 重永亜斗夢

“アトム”という現代的でもあり未来的でもある名前は、重永亜斗夢がこれまで、楽に、スマートにゴルフ人生を送ってきたようなイメージを与える。だが、現実はかなり違っている。

スタッフプレーヤーインタビュー 重永亜斗夢

アニメ『鉄腕アトム』の主題歌は4番まであり、そのすべてに「心」についての歌詞が入っている。ロボットでありながら、アトムが人間の感情を持っていることが、ストーリーのなかで重要な要素となっているということを訴えてかけているのだろう。
それと同様というと少し無茶なのかもしれないが、同じ名前を持つ重永亜斗夢が語った自らのこれまでの歩みのなかでも、不思議と「心」に関係した話が多く出てきた。いや、それがほとんどだったといってもいい。気持ちのありようが、いかにスポーツ選手にとって大切かを、彼の述懐から教えられているようだった。
熊本で生まれ育った亜斗夢少年は、小学校3年生で父親の影響からゴルフを始め、すぐに楽しくなって、あまり時を置かずに目標はプロゴルファーとなった。
「おもしろかったですね。何回か練習場に連れていかれて、続けたいという気持ちになりました。文集にも書いていたと思います。夢は賞金王、みたいな感じで」
 中学時は個人でゴルフをしていたが、高校は福岡のゴルフの強豪、沖学園を目指した。
「やっぱり、ゴルフはお金もかかりますからね。中学校で成績を残せば特待生として行けるというのを知っていたので、自分でプレッシャーをかけていました。とくに中学3年のときが勝負だと思っていたのですが、3年になってすぐの九州大会(2003年九州高等学校ゴルフ選手権中学男子の部)で2位になり、運よく九州ジュニア(2003年九州ジュニアゴルフ選手権競技男子12歳~14歳の部)でも優勝することができました。それである程度、成績も出たということで、お呼びがかかりました。
 いや、それはそんなすごい話じゃないですよ。普通にみなさんが高校受験を受けるように、自分にとってはゴルフがテスト、試合がテストだと思っていたということです」
 もちろん、力のある生徒がいろいろなところから集まってきているゴルフ部だったが、周りはあまり関係なかったという。

スタッフプレーヤーインタビュー 重永亜斗夢

「すごいな、というのもあったんですけど、それよりも自分。がんばってレギュラーに入って、まず自分がいろんな大会で優勝することにのめり込んでいました。ゴルフのために来ているのだから、と」
 2006年の全国高等学校ゴルフ選手権春季大会で優勝するなど、めきめきと頭角を現し、大学は名門、日本大学の監督から直々に誘いを受けて入学。しかし、いかにも順風満帆と思いきや、そこから今度はメンタルが逆行を始めた。
「高校のときは、3年に上がる前に全国大会も優勝して、九州大会は正直、敵なしなんですよ。もう調子に乗っているし、プロのシード選手と戦っていけるような実力があるとも思うなかで、大学に入りました。でも、その反動ではないですけど、大学ではちょっと成績が落ち気味になり、自信がなくなってきて、モチベーションも上がらなくなって。高校3年でプロの試合にも何試合か出させてもらっていましたが、そういうステージにも立てないということもあって、気持ちが入らなくなっていました」

プロデビューから3年の空白を乗り越えて

 そこに家の経済事情も重なったことで、彼は一転、大学を中退してプロになることを決断した。
「気持ちを整理しなおしました。やっぱり、アマチュアとプロは気持ちの入れ具合が全然違いますから、そのもっと厳しい場所に入ってしまおうと。お金も稼ぎたかったですし」
 2008年マンシングウエアオープンに推薦で出場。見事に予選を通過し、49位タイでプロデビューを飾った。
「また少し、やれるんだなという自信を取り戻してきました」
 しかし、話はこのまますんなりとはいかない。わずかに盛り返した自信は、手首のケガをきっかけに消え、重永亜斗夢という名前も、しばらくは大きく表には出なくなった。
「ほとんどゴルフの熱が冷めていました。もうどっちでもいいかな、やれたらいいかなという感じです。本当にやめようという時期もありました。次の道を探そうといった感じで」
 ようやく再浮上の足掛かりがやってきたのは2011年。デビューから3年が過ぎていた。
「九州オープンで6位になったことで、日本オープンに出られたんです。そのとき、まだ俺やれるんだ、もうちょっとやってみようかなと。日本オープンに出られるくらい実力が戻ってきているから、もう一回、もうちょっと続けてみようという気持ちになれたんです」

スタッフプレーヤーインタビュー 重永亜斗夢

 さらに、背中を後押しする出来事が続いた。2012年、結婚し、子どももできた。
「正直、生活基盤がまったくできてないし、結婚できるような状態でもなかったんですけど、子どもができるとわかって、嫁さんが産みたいと。ならば、お互いきつくなるかもしれないけど、がんばっていこう、自分もがんばるからと言いました。嫁さんと子どものおかげで、精神的に強くなれた年だったと思います」
 覚悟は、結果に表れていった。この年のQTで3位となり、2013年は15試合中8試合で予選を突破し、賞金ランキング96位ながら642万6787円を稼ぎ出した。さらに、この年の終わりのQTは1位で通過。翌2014年シーズンには賞金ランキング65位で初シードも獲得した。昨年は、初めてのトップ10(東建ホームメイトカップ8位タイ、RIZAP KBCオーガスタ3位タイ)を記録し、その順位を46位にまで押し上げた。
 もう、ゴルフをやめるなどという気持ちは、露ほども頭にない。
「今年は自分のなかで、初戦から何試合かが勝負だと思っているので、そこで確実にシード権内の賞金をボンッと稼いで、そこからまた、優勝を狙えるようなゴルフをしていけたらなと思っています。
 これからもずっと、楽しくゴルフができて、なおかつシード常連の選手になっていきたいですね。1勝したけれど2、3年後にはいなくなったというのではなく、少なくとも賞金ランクのシード権内にいて、いいときには10位以内にいるというような」
 重永亜斗夢はやはり、鉄腕アトムの“科学の子”ならぬ、 “ゴルフの子”なのだ。

重永亜斗夢
出身地:熊本県
生年月日:1988年9月14日
出身校:日本大学
使用クラブ